2015年6月1日月曜日

奥美濃と女

日本列島が太平洋に向かって大きく弧を描くそのほぼ中心、弓ならば握りの部分にあたるのが奥美濃である。こうでも書きださないと、位置概念さえ摑んでいただけないところに奥美濃のすべてが尽きている。それもまた当然である。何もない。高岳もなければ名瀑もない。もちろん温泉もない。秘境という程でもない。知られていないのも当然である。したがってもう少し補足するならば、北は白山から南西を俯瞰するとき、南は伊吹山から北東を展望するとき、見はるかす彼方まで重畳として緑の山なみが続いている。それが奥美濃である。(中略)登山道はない。山小屋、指導標の類も一つもない。ただあるのは本物の藪と谷だけである。(24P 三訂 奥美濃 ヤブ山登山のすすめ 高木泰夫


 2015年の1月某日、奥美濃の明神山にある明神洞、その右岸のリッジを2泊3日の予定で登りにいった。雪稜だ。
パートナーは女子、それも人妻だ。僕のテントは1~2人用の古いテントでかなり小さい。シングルベッドの2/3ぐらいの面積しかない。そんな空間で年頃の男と女が酒を呑んで密着して2泊。これはただ事ではない。
 ただ事ではないが、山の世界ではよくある話でもある。どうも、山では男女が密着していても何事もないらしいのだ。夫婦や恋人でもないのに男女で登山をしている人に会うたびに、「意識する?」「なんかあるんじゃねぇの?」と聞いているが、返答はだいたい一緒だ。

「山では性別は関係ないよ。意識しないね。男同士と同じ感覚」

本当だろうか。男女が密着して寝泊まりし、岩を登り、雪をかきわけ、艱難辛苦を共にするのである。男の技量・経験が上の場合、女子的には「頼れる男性」になり惚れる要素が発生するだろうし、男としては女子に頼られれば気分がいい。本当に男女を意識しないのだろうか。

明神洞は奥美濃の黒部と呼ばれている。“洞”というのは奥美濃地方の“切れ込んだ沢”を意味している。と思っている(調べた訳ではない)。奥美濃の黒部といっても、本物の黒部に比べたら1/100くらいのスケールしかないし、遡行者は皆無に等しい。ネットで調べて出てきた記録は2件だ。冬の記録など、当然ない。記録がないと分かると、冬の明神洞の景色が見たくなるのは沢ヤの性だ。加えて、男女で密着しても大丈夫なのか?という疑問も解消せねばならない。

(中略)

・テントで、僕が「ションポリとか気にする?」と聞くと、この女子はションポリ(小便用のポリタンク)を知らなかった。これは少し気を遣う必要があるなと思った。

・雨で1日停滞した。本降りの雨がテントを叩き、会話もままならない程のときもあった。尿意をもよおした僕だが、狭いテント内でションポリにじょぼじょぼするのは婦人に対して礼を欠くと思った。とはいえ、テントの外に出てずぶ濡れになってまで小便をする気概はない。あいだをとって、テントの入り口から半身を出し、立小便をした。すると女子から、「今まで一緒に登山してきた人が、いかに紳士達かということが分かった」と返された。そもそも、雪山で雨が降るのが分かっているのに、テントかついで雪稜などしないらしい。

・酒飲んで密着して寝てるとき、俺は少し彼女のことを意識してしまった。でも思ったほどではない。ムラムラして勃起などはしていない。下山後、電話で女子にそのことを聞いたら「意識?そんなの全くない」だった。

・テント内で女子から「舐め太郎さんにおススメの面白い本がある」と、「奥美濃――ヤブ山登山のすすめ――/高木泰夫」を紹介された。本の話で盛り上がり、帰って買おうと思った。


で、下山して2日後、著作者の高木先生の訃報を知った。僕はアマゾンで本書をポチっと押し、一気読みし、感慨にふけった。


 ちなみに、明神洞は凄かった。たしかに黒部だ。周辺のたおやかな山容のヤブ山の中にあって、明神洞周辺だけが異様に切れ込んでいる。リッジもやたら細い。同じ奥美濃の稜線上にある昨年登った夜叉壁、後日登った冠山南壁と共に、なだらかな山域にあって、何故か一カ所だけ岩々しいのが興味を引く。しかも、全てチャート質の岩だ。かつてここは海の底で、今僕がアックスを引っ掛けている岩は生き物だったんだなぁ、と思うと感慨深いものがある。



もっと奥美濃のヤブを漕がなきゃな。

0 件のコメント:

コメントを投稿